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アイルトン・セナの言葉

雑誌(SAPIO 1月号 小学館)にF1ドライバー、故アイルトン・セナの記事(1991年8月 ハングリー・グランプリ―直前のインタビュー記事(インタビュアー:落合信彦)が載っていた、すばらしい。

1991年と今では時代背景や職業観も大きく変わっているが、日本人に失われた大和魂や武士道をアイルトン・セナには見ることが出来た。彼は敬虔なクリスチャンだったそうで、神という言葉には宗教的な背景があるのだろう。

★アイルトン・セナの言葉
「挫折や悲しみがあるからこそ幸せも感じられるのだ。挫折や苦難なしの人生など退屈きわまりないものではないか。ごまかしの道を拒否して真剣に生きている者なら誰しも挫折を感じるはずだ。(中略)自分の考えや信条を持たず、困難や挫折から目をそらし、毎日をいいかげんに生きる人間ほど哀れなものはない。このごく限られた地上での期間を無駄にしてしまっているのだからね。神はそんな人間を創った覚えはないと言うだろう。」

今の日本人には耳が痛い言葉ではないだろうか。挫折や困難に会わずに、いかに人生を謳歌するか、良い学校を出るか、良い収入を得るかばかりを考えている人が多いからだ。

今はテクノロジーの進化で、最小の努力で最大の効果が出るようになった。挫折や困難も危険回避として避けることも可能だろう。それで良いのだろうか??

故岡本太郎氏も楽な道と困難な道があれば、迷いなく困難な道を選ぶと言っていた。マイナスに生きよとも語っていた。喜びや感動の大きさは、困難や挫折の振れ幅によって、得られる大きさも違うと言いたかったのだろう。

アイルトン・セナは記事の中で、一貫して努力という言葉が多く書かれていた。

努力に多くの労力、時間を使うのは当然だとも書いてあった。同じ努力を続けていた自動車メーカーホンダにも謝辞が書かれていた。今は働き方改革で長時間労働や多くの労力を割くことが出来なくなりつつある。だが、何かを得る為には、非難を浴びてでも、膨大な努力をするしかないことは普遍の真実だと思う。まさに命がけの努力だったのだろう、1994年に事故で亡くなっているのだから。

yahooにグーグルの採用記事が出ていた。グーグルは採用にあたり、性別、国籍、大学名不問だそうだが、採用基準が、人生で挫折や困難の経験があり、それを乗り越えた人材しか採用をしないそうだ。いくら学力が高く、優秀でも、挫折や困難に遭遇したことのない人は採用されないそうだ。一般的な大企業が好みそうなエリート人材はダメという判断なのかな。

今、日本の若者や一般的な風潮では、子供には苦労させたくない、無駄な消費をしたくない、人生で遠回りはしたくない、自分は損したくないというのが世の空気感で蔓延している。僕はそんな空気感が嫌でサラリーマンを辞め、苦労知らずの2代目社長連中とも縁を切った。常に自分に不利で損な生き方をしていることに歓喜・熱狂している。もっと楽な生き方はいくらでもあったと思う。ただ、自分のプリンシプルに従っただけだ。

久しぶりにアイルトン・セナに勇気をもらった。そういえば、落合信彦さんの息子って筑波大の准教授なんですね。



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