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調査

田浦デイサービス周辺の商圏及び介護タクシーの新たなエリアに加わった逗子・葉山エリアを調査してみました。
横須賀は行政センター毎で人口を把握しており、田浦デイサービスの場合には田浦行政センター及び逸見行政センター管轄となる。人口2万8千人。追浜行政センターだけで3万1000人もいるのだが(横須賀でも一番の人口密集地)、その分、デイサービスの数も多く、競争が激しい。2025年の団塊世代の後期高齢者が増えることを見越して、行政も病院に急性期から回復期への移行を進めているので、デイサービスのリハビリも今後は有用な一つになると思われる。

田浦は過疎化が進んでいるのだが、高齢化も同時に進んでいる為、サービスとしては有用だろうと判断。14歳まで住んでいた田浦月見台まで歩いてみたが、かつての我が家の横にある田浦月見台市営住宅は新規受け入れを停止しており、閉鎖が決定しているようだ。自分がかつて住んでいた場所が過疎化していくのは、なかなか受け入れ難い。ついでに月見台住宅内を歩くと、昭和50年代に過ごした小学校時代のままで時が止まっていることに懐かしさを覚えた。ただ、その頃、共に喧嘩をしたり、笑ったりした人達は誰一人もここに住んでいない現実に寂しさが心に沁みた。

逗子・葉山に関しては、市内・町内に中核病院が無い為、市外、町外への通院で、当社をご利用して頂くケースが増えそうだ。市外となると横須賀・横浜方面になる為、どうしても金額的にも高額となってしまうのだが、所得も高い方が多い為、依頼ニーズは多そうだ。

横須賀と違い、過疎化とは無縁の町だが人口は双方合わせて8万人程度で、ここ数年は横ばいの人口だ。市民や町民の所得の高さとは、反比例するように医療サービス、介護サービスが都市部と比べ、全て揃っていないのが、長年の課題と言われている。中核都市である横須賀市には、西部地区には市民病院、中央地区にはうわまち病院、横須賀共済病院と病院が揃っているので、医療・介護に関しては一定の水準を保てていると思われる。ロケーションも大事だが、医療・介護サービスの水準も移住や居住条件として考えなくてはならない。

おそらく、軽井沢などの避暑地と言われている地区でも逗子・葉山の様に住民サービスが所得と比例していない可能性が高い。

国民全体が若い頃には、考えもしなかった介護サービスだが、今後は在宅介護サービスで街を支え、街全体が老人ホームの様に様々なニーズをとらえていかなくてはならない。横浜の様な都市部と違い、逗子・葉山、横須賀では対応が異なることが町を歩いてみると良く分かった。




狂気は伝染する

今日の朝、川崎の登戸で30代男性と小学校6年生女児が51歳男性による殺害されたとテレビで報道されていた。早めのご飯を取っていたのだが、食事が進まない。言葉が出ない程、ショックだった。偶発的な事件とは言え、殺害された人には何も罪は無かったのだから。

我々の出来ることは、報道を過熱化させずに簡素に事件を伝えることしかないだろう。国連でも、事件・事故は連鎖することが実証されており、センセーショナルに報道することを控える様に各国に通達されている。日本は完全に無視しているようだが・・・。

ラ・ロシュフコーの言葉で『狂気は伝染する』という箴言もある。狂気を伝染させないようにするのが、死んでいった人への弔いだと思う。


某出版社

某出版社社長がSNSで作家の実売数を暴露して、著名な作家達から一斉に非難を浴びていた。その出版社は確信犯的にエキセントリックな本を出版することで有名であり、売れる本が全てだと、社長も書籍で何度か書いています。
売れない作家は、この出版社では認められないことは、暴露された作家も知っていただろうし、僕も周知の事実だったので、SNSであんなに騒ぎになると思わなかった。

今のSNSはマウンティング場となっている気がする。自己愛が強くなりすぎているのだろう。自己愛が強いと自分を正当化してしまう。自分が正しいと思い込んでいるからこそ、見るに堪えない罵詈雑言が多く散見された。某作家さんが佐藤浩市さんに浴びせたSNSでの発言も、理由はどうあれ、言葉は美しくなく、自分の意見こそが正しい・全てだと言いたかったのだと思う。

自己愛が強すぎる人がリーダーになると、異論を挟むことが許されなくなり、全体主義へ移行するというのが歴史でも証明している。

哲学者のラ・ロシュフコー『箴言集』(岩波文庫)には、『人間はすべて自己愛以外では動かない』という箴言がある。正しさや、意見、このブログも含めて、自分は他人よりも優れている・正しい・偉いと思わせたいという心理が働いている。SNSでは、気軽に投稿出来る為、如実に出てしまうのだと思う。

自己愛で動いていると分かって、論争するのと、自己愛だと気づかずに他人と論争するのでは、雲泥の差だ。自分も自己愛を理解しつつ、ブログは継続していきたい。




そもそも

某政治家が、北方領土を取り戻すには、戦争するしかないと発言し問題となりました。世論・政治家も議員辞職一色ですが、そもそも、自衛隊の戦力を国民や政治家も含めて知らないのことが問題ではないかと感じた。

『日本の戦争力』(著 小川和久 新潮社)で、自衛隊の軍事力が明記されている。端的に言うと、米軍の補完の為、自国を守る為の軍事力は保有しても、相手国に輸送する輸送船、制圧するだけの陸上自衛隊員、制空権を確保する為の制空戦闘機、爆撃戦闘機、ガソリンを入れる為の空中給油機が自衛隊にはありません。

つまり、専守防衛は出来ても、島を奪還する戦力を有していないのです。更に現役政治家であれば、社会保障費の増大により、戦争を行う為の戦費は現状の日本では捻出不可能なことは理解していないとおかしいのではと僕は感じた。
発言云々も問題だが、政治家として基本的知識に欠けていることも議論に上がるべきだと思う。

核武装の是非もたまにあるが、これも上記内容で片付けられる。予算が無いので不可能。

数字と論拠による議論になることを期待したい。

大津市の事件

2歳の園児2名の方が事故に巻き込まれた。マスコミは園長に記者会見で対応策等を矢継ぎ早に詰問していたが、SNSであらゆる識者が言うように、加害者ではなく被害者側だと思う。

今の世の中、何かあると全て『システムエラー、システム不全』が原因だと対応策や反省を求める風潮が強い。古代ローマでは、人には逃れられない運命があるとされていた。それを『フォルトゥナの輪』と呼んでいたそうだ。我々、日本人は『運命の女神』と呼ぶが、運命の女神『フォルトゥナ』のことを指しているのだ。(引用:Think clearly  著:ロルフ・ドベリー)

絶えず、運命は最高の時期と最悪の時期が入れ替わることを『フォルトゥナの輪』と呼ぶそうだ。ヒューマンエラーさえなければ、避けられた事故だっただろう。しかし、離見の見で言えば、システムエラーではなく運命と呼ぶしか遺族や故人は浮かばれない。

我々はテクノロジーや科学の進歩により、リスクは自分達でコントロール出来ると過信し過ぎているのかも知れない。その過信や誤解が記者会見での背景にあったように思える。

ご冥福をお祈り致します。

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