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令和を迎え

令和元年。働き方改革、新規事業の構築等、やることが盛り沢山であり、優先順位を上手く考えていかなくてはならない。

平成から令和に変わったが、我々の意識も驚く程、変わったと思う。例えば義理・人情・恩が分かり易い。頭文字を取ってGNOと書いていた人がいたが、平成の半ばには完全に廃れた気がする。そして驚く程、人との関わり方が変わった。

平成の終わり頃、敬愛する年上の人から、これからは君が若手を引っ張っていくんだぞと言われたが年下が、若手は若手だけで、コミュニティを形成し、年上の人とも対等に接する時代に様変わりし、令和を迎えた。

残念至極だが、令和元年早々に、とある年下の方からはアドバイスではなく否定されたと怒られたしまった・・・。昔は10歳近く年齢が違った人からのアドバイスであれば、そんな口を利くことは出来なかった。そんな有り様だったので、今後は自分の発言は全てパワハラになると肝に銘じ、令和という時代の間は大人しく生きようと決意しました。

見るに見かねてアドバイスして、逆切れをされてしまった為か、さすがに悩んでしまいましたが、解を与えてくれる書籍がありました。本を多く読むと本に救われるのが良いですね。

『空気は読んでも従わない』(著:鴻上尚史 岩波ジュニア新書)に私の悩みを解く鍵が書かれていました。

筆者である鴻上氏は世の中には『世間』と『社会』があると定義しています。

『世間』は関係がある人、昔で言えば村や町に暮らす人や家族・仲間。『社会』は関りがない関係や人を指す。例えば、街で人に声を掛けられて、知り合いであれば話すのが『世間』、無視をするのが『社会』だそうです。

日本人は昔は村単位で暮らしていたので、『世間』の単位で暮らしていた。ただ、明治維新以降、世間を政府中心に壊してしまった。村単位であれば、年齢順に従うのが当たり前だったのだが、村ではなく、都市単位であれば、関係は希薄となり、年上に従う必要はない。

日本には世間体や世間と言う言葉があっても、実質は無くなってしまった。日本人は見知らぬ人から話しかけれるのが苦手だ。外国人は誰にでも、見知らぬ人でも気軽に話す。彼らは『世間』ではなく、『社会』という単位で暮らしている。


昭和の時代は『世間』を終身雇用を前提とした『会社』が『世間』の役割を果たしていた。だから不条理な上司のアドバイスでも粛々と部下は面従腹背しても黙って聞いていたのだ。
SNSが登場し、景気の低迷で終身雇用が無くなると『会社』という『世間』が消えてしまった。SNSを中心とした社会が我々の『世間』となったのだ。

ついでに同調圧力や空気感が加わり、より複雑化した状況で暮らすようになった。『世間』とは関係なく、全て自分で情報や仕事もSNSを使って取捨選択出来ると思っているのが今の若者たちだ。年上の役割をSNSが代行しているのだ。

つまり、僕の年上の役割がなくってしまった・・・・。時間を作って、ご飯を奢ったり、時間を作って話したりする手間がなくなったのは良いことだと思うしかない。





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