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幸せなら手を叩こう

好きなことをして生きていこう。自分大好き。趣味最高。仲間最高。世の中、そうなりたい人が多い。なれない人が多いからこそ、フェィクニュース的な言葉やSNSに傍流させられているのかも知れない。

人生は苛烈であり、偶然の集積体だと、様々な古典に語り継がれている。かの岡本太郎さんも、幸せなら手を叩こうという歌を聴くと、日本人の平和ボケに苛立ちを覚えると著書に書かれていた。出版数を漏洩したと糾弾された幻冬舎社長の見城さんも、常に人生の苛烈さへの辛さを書籍に載せて読者に伝えている。罪と罰しかり、箴言集等の古典は人生をどう生き抜くかに対して示唆を与えくれる。要は自分自身で向き合って考えろということらしい。ワイワイガヤガヤでは何も生まれないということなのだろう。


大好きなことだけを実行して人生を過ごしている人もいるが、それを見せモノにして、本を出したり、メディアやSNSで収益化の手段としている人も多くいる。要はみんなが幸せだと感じていないから、希少性が高く、メディアが取り上げるだけであり、みんなが幸せであれば、メディアやSNSで取り上げない。AIやIT化で我々が仕事で関わることも減る可能性は大だが、また新たな仕事が産まれる為、大好きな生き方が出来るとは限らない。幸せと言う言葉に我々は期待値以上の何かを感じてしまいがちなのだ。

僕は基本的に、どこへ出掛けたか、誰と会ったかを楽しそうに写真でUPしたり、楽しいベクトルでブログを書かないのは、ブログを読んで、落ち込んで欲しくないからだ。

そうする理由は、ブログを見た人が、こいつも大変なんだな、暗い奴だな位に思ってもらいたい。そして、読んだ後に、そうか、人生みんな大変なんだな、俺も頑張ろうと思ってもらえると、このブログの書く意味があるのかなと思う。

Facebookで楽しそうなUPをしている人は、人は幸せであるべきという幻惑の渦に他人を巻き込んでいると自覚した方が良いかも知れない。
日曜日にサザエさんを見ると、次の月曜日が憂鬱に感じるのと同じで、楽しそうな内容に楽しくない自分を重ねてしまうと自己嫌悪に陥る。

楽しい内容をUPした次には、悲しさや心の機微が伝わる内容もアクセントで入れてみるのも良いかと思う。

岡本太郎さんの幸せなら手を叩こうなんて糞くらえだと言うのは良く分かる。だって、インスタ映えする写真をUPしている最中に、川崎の小学生が何も罪が無いのに殺されてしまっている。人生は苛烈であり、偶然の集積体だと、被害者家族はマザマザと思い知らされるが、何も被害が無い我々は相も変わらず、幸せモドキばかりを探し続けてしまうのだ・・・。



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