経営理念・行動指針

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絞りと集中

自分の中で常に頭にあるのは、『選択と集中』ならぬ、『絞りと集中』である。2つはほぼ同義ですが、『絞りと集中』という言葉は、三枝匡著の『戦略プロフェショナル』や『ザ・会社改造』等の著書で頻繁に出てくるフレーズである。三枝さん自身、金型FA商社のミスミの後任社長となり、年商500億円から4年で2000億円、従業員340人から1万人に変革した経営者として、個人的に師事する経営者の一人なのです。

当時、優良企業としてもてはやされていたミスミ(日経ビジネスでよく見かけました)でしたが、創業社長がこれ以上の規模に拡大出来ないと、当時、コンサルタントしてミスミに出入りしていた三枝さんに社長を禅譲したそうです。

三枝さんがしたことは、本業とは関係がない事業を中止し(絞り)、将来、会社の中核になる事業は中途半端な投資ではなく、人・モノ・金を積極的に注ぎ込む(集中)ことを徹底的行ったことだ。圧倒的な一位になる為、事業を金型のFAに完全集約し、駿河精機をM&Aしたことを皮切りに、中国への海外進出を大胆に行ったことが大きな成長をもたらしたと記憶しています(間違っていたらごめんなさい)。

分かっているんですけど、この『絞りと集中』が怖くて出来ないんですよね。100人中99人の経営者は出来ないと思います。金型の将来に不安を抱え、創業者は多角化と海外展開を進めていました。通常の経営者が取るセオリーは創業者と同じだと思います。
良くあることですが、多角化や海外展開と言えば聞こえが良いですが、人材や事業への投資が圧倒的に少なく、また、本業とかけ離れているので、相乗効果が薄いと言うのが実情です。

よく経営者が、サイドビジネスで飲食店に進出する例みたいなものです。ノウハウも無く、お金や人も対した投資をしない。結果的に趣味的に経営し、いつの間にか潰しているみたいな・・・(笑) 

GEの元CEOジャック・ウェルチは、中国のメディア事業進出の際には、GEの副社長を送り込んだそうです。本気度が違う。当然、結果が出ました。

介護事業でいえば、色んな事業に手を出すのも、ある意味、絞りがなくダメだとも言える。しかし、ライフタイムバリューの観点で多角化を図っているのであれば、一人の方から様々なサービス利用を受けてもらうことにより、多くの収益を得ることが出来るので、多角化は間違っていない。
戦略意図によっては、解釈が変わるからだ。同じ地域に多角化が出来ているかが、介護事業の肝かも知れない。幼児、発達障害、高齢者と同じ地域でもバラバラに出店すると、何がメインかが見えなくなり、将来的には『絞りや集中』を迫られることになるだろう。もっと危険なのは地域もバラバラなケースだ。

我々の様な凡庸な経営者と異なり、三枝さんは金型こそ、ミスミが生きる道として、先鋭化していく。事業を絞り、集中出来ることは、相当な胆力がある経営者でないと難しい。

自分も今、絞りと集中の決断に迫られているが、答えは出ない。おそらく、答えは出ているのだが。
勝ち目があるかなんて、実は、三枝さんも分からなかったのではないだろうか?マーケットシェアや海外市場成長率を考えると、この道しかないと、決断しただけではないだろうか?

果たして自分に出来るだろうか・・・・。マーケットシェアや市場成長率を考えるとこの道しかないんだよな・・・(笑)

ITの活用

4月の法改正があるのだが、生き残るカギは、『生産性』と『独自性』しかない。『生産性』に関しては、地域で勝ち残っている企業を調べると、コストを度外視した運営で大手を駆逐している会社も多くあるので、一概に『生産性』の高低が必須とは言えないが、我々の様な国の事業の場合は、業務内容が一律決まっているので、生産性を高めることにより、利益率の向上が可能となり、永続的な運営が可能となる。

一言で生産性を高めると言っても、定義が難しいが、ITを取り入れることで、どこまで今の作業を短縮できるか?を念頭に考えるべきだろう。詳しい内容は当社の内部戦略を公開することになるので、省略するが、大幅な費用・時間を削減することが可能だと思う。今はオープンソースのシステムや無料利用のシステムも多くある為、これを有効に活用しない手はないと思う。その為の勉強会への投資、コンサルタント活用の投資は、経営者として必須科目だと思い、必ずやらないとダメだろう。

独自性は言い換えれば、オンリーワンなのだが、国が運営基準を定めている介護業界でオンリーワンは難しい。そうなると、どんなにエリアは小さくても構わないので1位の事業を作ることが独自性と言い換えられる。区で一位を取れなくても、地区や町単位で圧倒的な1位をとることで、どんな大手にも対抗が出来、むしろ追い出すことが出来る。当社で言えば、目の前にあるタクシー会社が、介護タクシーを開始し競争になったが、圧倒的な1位だった当社が廃業に追い込むことが出来た。一位の強みだと自負している。

上記の2点を押える事で、中小零細の介護事業所でも永続的に経営が可能だと思っている。日本に100年企業が多く存在するのは、大手企業ではなく、地域地場事業、つまり中小企業が大半だ。理由は、独自性が強いからだ。100年企業の大半は海外展開をせず、生産方法も昔ながらの方法が大半だ。イノベーションが起きない為、大手が参入する余地が無いのだ。その分マーケットサイズも小さい。海外展開を始めてしまうと、海外企業との競争となり、倒産・廃業のリスクが高まることだとも言える。大手企業はまさにこの分野で激しい競争をしているのだ。

小さいマーケットサイズで一位を取ることが生き残る術だと理解出来れば、拡大に走らず、何を打ち手とすべきか自ずから理解出来るのではないだろうか?
生き残りたければ1位を取れ。これが全てではないだろうか?

愛犬の葬儀

今日、10時に愛犬ぺぺの葬儀を近所のペット斎場で行いました。
斎場に入る時に、感じた外気は悲しみと苦しみが交互に体に突き刺すような感じでした。天国へ送ってあげたい気持ちが消えてしまいそうでした。

連れ行く前に体から体毛を一部切り、遺体に花を入れ、大好きだったおもちゃ、毛布、ご飯を入れてあげました。
母が倒れる直前まで、実家でぺぺは3ヶ月程預けていたので、突然の訃報を聞いた弟が葬儀場まで実家で使っていた毛布やおもちゃを持参してくれました。

焼き終わる迄の1時間別室で待たされましたが、その間に、心の整理が出来たみたいで、斎場でペペの骨を骨壺に入れる時には、笑顔でぺぺの骨を入れる事が出来ました。

自宅に帰り、部屋の至ることころにぺぺの写真を飾り、リビングの中央にペペの遺影と骨壺を置きました。遺体が置いてあった一日半は、遺体となったぺぺがいる自宅へ帰ることが本当に苦痛で辛かったのですが、斎場から骨になったぺぺと一緒に帰ってくると、いつもの生活に戻ったような感覚になりました。今ここに、ペペがいないことは実家に預かってもらっていると思い込んで、さみしさを感じない様にしています。

札幌のペットショップで出会ってから12年間、辛い時も、悲しい時も、嬉しい時も、全て一緒に駆け抜けた愛犬に合掌。

察して、連絡をくれた、マスターに感謝です。ありがとうございました。

哀悼

暗い話ばかりですみません。

昨日、愛犬のミニュチュア・ダックス:名前はぺぺ(会社のイメージキャラクターとして活躍中)、交通事故により11歳11か月の天寿をまっとうしました。
我々の不注意が原因でした。昼時に事故は発生しました。ちょうど私は会社にいたので、一報を知らされて、かかりつけの動物病院に運ばれたと連絡を受け、慌てて駆けつけましたが、即死でした。

エンジェルケアをされて、対面した我が愛犬は、今にも飛び跳ねそうな、ぺぺでした。僕は愛犬に対しては誰よりも、何よりも大切にしてきました。自分の命を投げ出しても愛おしい唯一無二の相棒でした。その愛犬を一瞬にして失ってしまい、感情がおかしくなりそうでした。毅然と向き合っていましたが、家に連れて帰り、硬直していく我が子をさすっているうちに、もうこの世にいない現実を知りました。当事者を責めることも出来ず、しかし安全管理を怠っていたことを知り、愕然としました。そりゃ、交通事故に遭うよ・・・・。その扱い方に、嫌悪感を覚えたのも事実でした。ただ、悪気が無かったのは知っているので、責めることは出来ませんでした。

毎年、健康診断を受けさせ、手作り食を食べさせ、誰よりも大切に育ててきたので、事故死だけは避けて欲しかった・・・・。

覆水盆に返らずとはこのことか・・・。母親が重篤な状況の為、もしもの為に、遺影を探していた矢先でしたので、まさか元気な愛犬の遺影や葬儀場を探すことになるなんて・・・・・。

ヒヤリハット、重大事故の前には、多くのケアレスミスがあり、それがいずれ重大事故につながると言われています。まさに今回の愛犬の死はそれを教えてくれたのだろうと何か意味があるのではないかと自分に言い聞かせています。
今、自宅のベットで安らかにペペは眠っています。根元から牙も折れ、腰の骨もこなごなになっていたので、直視が難しいのですが、今日でお別れになりますので、ご飯をあげ、さすってあげて、一緒に寄り添ってあげたいと思います。明日の葬儀以降は前を向いて頑張ろうと思います。

本日の朝礼で、愛犬の死と母の重篤を伝えましたが、リーダーとしては失格でしたね。大粒の涙が止まりませんでした。皆様に私の業務を手助けしてもらうことをお願いしました。皆、涙を流しながら、聞いて頂き申し訳ありませんでした。

私と取引や関係がある方には申し訳ありませんが、当面は、会うことも難しく、なかなか業務に集中出来ないと思います。時が過ぎるまで、温かく見守って欲しいと頂けると助かります。我が子を失うと言うのはこのことなのか・・・、辛いですね。


人生100年?

母が昨日、入院した。1ヶ月程度の入院になったのだが、色んなことが重なったのだろう。彼女の人生を考えると、我慢することしか出来なかったのだろう。
もっと早くに気付いてあげれば、大したことにならなかったことが悔やまれる。

退院後のリハビリや家の整備等、課題が山積みだが、『困難は分解せよ』とは、かのデカルトの言葉だが、一つ一つ課題をクリアするしかないだろう。

父も母もおそらく短命なんだろうなと、フト頭によぎってしまった。ゴーギャンの言葉を借りれば、我々は何処へ向かうのだろう・・・。

姉の件、父の件、母の件と同時に降りかかっているので、さすがに自分もお手上げ状態なのだが、自分には会社のかじ取りもあるので、出来ることが限られてしまう。出来る限り、人の力を借りながら、対処したいと考えている。

人生100年時代だと叫ばれているが、本当か?と母や父の事案を見ていると感じてしまう。

健康に対するリテラシーは、学歴や収入によって比例しているからだ。学歴が高ければ、それなりの知識や学習意欲があり、知的な活動を通じて、健康に関する様々知識を習得する。学歴を伴う、収入の高さにより、文化的且つ健康的な生活を送ることが可能となり、結果として寿命が長くなるのではないだろうかと推論する。

100年生きると仮定すると、財政上の問題から公的な保険だけでは全ての生活費を賄うのは難しく、人生のどこかで、学校に通い直したりするなど、新たな知識を吸収するか、自分のスキルを磨き直す必要が出てくる。一生涯生び続けないと、100年生きることが苦痛であり、困難となってしまう。






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