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面接ラッシュ

今週は手分けをして、求職者様の面接及び採用業務を行いました。

3月後半から4月に入り、一気に応募が増えました。ネット・折込広告媒体よりもハローワークやindeed、介護専用ネット広告が採用に繋がっていたようです。
突然の応募の嵐には、会社一同びっくり致しました。

20代のフレッシュなスタッフも数名増えますので、今後の活躍が楽しみですね。

採用プロセスの構築をこの一年掛けて作ってきたので、今回の応募を見る限り、上手く構築が出来てきたことにホッとしています。主力の介護タクシーの採用戦略も第一弾は上手くいきそうですので、ホッとしました。



経験

ベンチャーは9割がつぶれ、週100時間働く必要がある。その覚悟があるかと問われた。その言葉で何かが吹っ切れてしまった。

その論議になると誰よりも働いてきた自負はある。そんな働き方を3年近く続けていたら、メニエール病になって体を壊してしまった。
大手企業を辞める際に、ある覚悟を決めた。自分の中では潰れるかも知れないベンチャーを創業することは、三途の川を渡るのと同等だった。何があっても大手企業には二度と戻らない、戻れないと覚悟を決めたのだ。25歳だから出来た覚悟だと思う。

覚悟や責任論になると、どうも理性が伴わなくなってしまうのは、圧倒的な覚悟と責任を伴って起業したからだ。そこだけは誰であっても譲れない。
前にも元ジョンソン&ジョンソンの日本法人社長とのディスカッションで言い合いになってしまった。自分にとっては議論を避けて欲しい内容なのかも知れない。

レジオン開設当初、人、モノ、金全てが揃わないにも関わらず、売上だけが増えていった。日曜日以外は毎日7時~夜中の1時、給付時には3日間徹夜して仕事をしていた。徐々に業務を人に振ったが、19時間×6日=週114時間働いていたことになる。ひとりで何もかもしていた。

夜勤の業務が入った時は、朝の6時まで働いていた。24時間労働だ。牛丼、コンビニ弁当、ラーメンばかり毎日食べていた。
体重は急激に増加し、いつもイライラと不安に駆られていた。毎晩夜10時過ぎに若手スタッフと語らう会社の改善会議がとても楽しく、長時間労働は苦にならなかった。自宅に帰りたくても眠すぎて、通勤用の車の中で寝てしまうことが多かった。(しかも自宅前・・・)

長時間労働の原因は、仕事に対して未熟だった為、仕事が何たるものかを自分で実感したかったのと、リーダーとプレイヤーを混同していて、何もかも自分で担当していたのが原因だった。だからこそ、業務の細部までオペレーションを創ることが出来た。

会社創設4年目からは、父親の事業の失敗を抱え、薄氷を踏むような会社経営をしてきた。銀行の支店長には普通の社長なら間違いなく倒産していたと変な誉め方をされた。
会社立ち上げ3年目までは快進撃を続けたが、父の事業失敗の尻拭いをする為、以後の経営は後手後手になることが多く、負け戦が多かった。プライドをかなり毀損してしまった。離婚する原因にもなったし、婚期を逃す一因にもなっていた、圧倒的な努力で負債圧縮、経営効率化を図った。

今『介護オフ』という新規事業に取り組んでいる。世の中に中古介護用品の買取文化を創設したく始めた。まだ中古マーケットが無い為、悪戦苦闘しているが、悪戦苦闘している分、大きく化ける可能性を感じている。一気に事業を推し進めたいところだが、マーケットがまだ小さい為、投資効果を推し量るのは難しい。だからこそ、マーケットが拡大すると同じように事業拡大が出来れば、先行者利益を獲得することが可能だと考えている。

レジオンは、父の勝手な暴走により、一気に拡大を図り、4年目に倒産の危機を迎えた。経験で得たことは、潰さないこと、負けないことが絶対に大切なのだ。だから今回は、マーケットも小さく、参入する企業が少ない中古介護用品マーケットに参入した。ある程度の確信を持って一気呵成的にマーケットを取りに行くのは、まだ後だ。ベンチマークは、空港で使用するスーツケースを載せるカートを販売しているドイツ企業だ。実は世界の空港の70%のシェアを握っている。『実は・・・すごいんです』という事業が理想だ。『介護オフ』にはそのポテンシャルを秘めている。

経験をすることはとても人生にとって有益だ。しかし、ゼロリセットをして新たなことをやろうとすると経験が邪魔をする。アドバイスをもらおうにも、それ以上の経験をしてしまっているとだまって人のアドバイスが聞けない。だって俺だって知ってるし。今は大したことないけど、俺だって・・・みたいな感情が湧きあがってしまうのだ。

困ったものだ。


ランボー『地獄の季節 別れ』

良い提案を頂いたのだが、結局、自分の決心がブレていた。また何をしたいのかという考え方も甘かった。先方には失礼千万承知で平謝りし、提案をペンディングしました。儲けたいのは当然だが、理想を言えば、自分で新しい文化を創りたい。二番煎じでは意味が無いという考えにブレがなかったのだ。

事前打ち合わせ当日の朝、ふと天才詩人ランボーの詩が頭によぎった。その時に自分の決意が固まりました。

秋だ

俺たちの舟は 動かぬ霧の中を

纜(ともづな)を解いて

悲惨な港を目指し

焔(ほのう)と泥のしみついた空を負う

巨きな街を目指して

舳先(へさき)をまわす

『地獄の季節 別れ』

ランボーは中原中也をはじめ、様々な人が訳している有名な詩人なんですが、この詩は特に有名です。詩にある『悲惨な港を目指し』というワードが、今の自分を勇気づけ、今回の決断に至ったストロングワードです。

自分にとって一番不利な状況においてみる、岡本太郎風に言えば、マイナスに賭けてみるという意味だと私は捉えています。自分自身が圧倒的な努力をすることで不利な状況を変えてみたい、その想いが勝ってしまったのだろうと思います。情動的なものかもしれませんが、心の意思に従うことにしました。

早く事業を形にしたい。そのアンサーには今回の提案がベストでした。異論を挟む余地は全くありませんでした。

100人に聞けば100人とも提案内容が正しいと言うかも知れませんが、僕は今回の決断に満足しています。

『悲惨な港を目指し』を地でいくことに惚れ込んでいるのだと思います。



難しい・・・。

当社では様々な障がいがある児童~成人を対応させて頂いています。

スタッフ内で、一部の障がいの方への対応が難しいという事で、不満や離職も発生しました。
心の維持がスタッフでも難しいようです。

ここで当社がサービス提供を打ち切ると、家族だけの孤独な戦いとなってしまう。
我々は数十分の関わりだが、家族はそれ以外の時間を障がいという難題と真正面から格闘しなくてはならない。

そう考えると我々の力は微力だ。しかし、その微力が家族にとってどれだけ有難いか・・・・・。

スタッフは非日常である世界に、数十分でも足を踏み込むことで、自分の日常の世界と交錯し、ON/OFFが切り替わらなくなってしまったのだろう。
とても残酷で、自分の所業では理解出来ない光景に怯えと恐怖を感じるのだろう。
だが、そのすべてを含めて人間としての営みであり、当然の権利なのだ。

スタッフにとって非日常の世界を僕は幼少期から両足で踏み入れてきた。だから家族の気持ちが痛いほど分かる。人の痛みに寄り添うことは自分も、その痛みを甘受することだ。甘受出来ないから、怯えと恐怖に変わってしまう。

だからといってスタッフが悪いわけでもない。人間には余りにも答えの無いことが多すぎる。


現代思想

哲学とは知を愛すという意味だそうです。哲学と書くから難しく感じるのだろうか?いや、ハイデガーやサルトルを読んでも、チンプンカンプンなのは、私だけでしょうか?実存主義や構造主義と言われても・・・・、実感が湧かない。

『そうだったのか現代思想』(小坂修平 講談社+α文庫)は分かり易く、かみ砕いて説明をしてくれております。本の最初はニーチェからスタートするので、ちょっと、読み進めるには、かったるい部分があるので、ある程度、分かる方は知りたい箇所へ飛ばしてもらっても良いのではないでしょうか?

高度成長期に日本にもあったマルクス主義や実存主義、現在も続く構造主義が良く理解出来ます。昔の学生は硬派で高尚な読書をしていたのだなと感心してしまいますが、本当に分かっていたのだろうか(笑)?ブームで読んでいた人も多かったのではないかな??

サルトルの『存在と無』を読むと本人も実存主義の定義づけに苦慮していたように個人的には思える。だからこそ、矛盾を突かれて、レビィ=ストロースとの批判合戦になったのかな。そのあたりも分かり易く詳しく書いてあるので、おすすめです。

今すぐ役には立たないけど、内省したり、何かを考える時に解を与えてくれるのは哲学を中心とした、教養だと僕は信じています。

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