経営理念・行動指針

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全国フォーラム

土曜日に『暮らしの保健室』全国フォーラムに飛び入りで参加させて頂きました。地域で抱える様々な課題を『暮らしの保健室』で支えていくというのがコンセプトのようです。

北は北海度、南は宮崎から参加されていました。女性且つ看護士さんが大半でした。医療という観点で、未病の段階で様々な病気や課題を解決したいというのが、病院に勤めている看護師さんや訪問看護士さんには常に頭にあったのだろうと感じました。

年齢(失礼な話ですが。)は50代後半~60代が多く、キラキラと働く女性がまぶしく見えました。女性の特性が如何なく発揮されているなと感じました。自分の生活エリアで自分のやりたいことをやる。年齢や立場を超えて、様々なタスクを同時並行でこなしていく。医療・介護・地域振興等様々なタスクを『暮らしの保健室』では、皆、無償で行っているようです。

僕は、地域よりも広域、無償よりも有償と広い空間で物事を考えてるのだなと実感してしまいました。この分野は経験豊かな女性にお任せして、自分の得意な広域な業務にまい進したいなと感じました。一般的にはこの様な違いは男性脳と女性脳と呼ばれる違いだそうです。空間視野が女性よりも男性の方が広く見ることが可能で、空間視野は物事の考え方にも影響していて、時間軸等も広域に見る傾向があるそうです。

男性がまだまだ介護職で少ないのは、介護業界が女性脳が中心な業界だからかも知れない。最近、地域に根付いたボランティアや介護職を行う男性が増えたのは、成熟社会になり、目線が未来・物質的志向から現実・堅実志向になったのと、それに伴う男性の女性化もあるのかも知れないと考えると合点がいきますね。








ワンマン

昨日、夜に実家に行った。母親の体調が悪いとの連絡を受けたからだ。姉が父親に引き取られ、心にポッカリと穴が開いたのだろうか?夏から足の調子が悪く、医者とのトラブルもあり、体調悪化に拍車を掛けたのかも知れないと弟から説明を受けた。

自由になったのだから、好きなことをすれば良いのでは?と普通は思うのだが、何をするにも父親の許可制だった母にとっては、思考停止状態になってしまったのだろう。会社で言えば、言われたことをこなすだけの社員といった感じだろうか・・・。

僕の人生も高校までは全て父親が決めていたことを思い出した。かなりの命令口調だったので逆らえなかったな。

そう考えると母は父に言われたことをただ黙って遂行してきた人生だったのかな。

父は会社で例えると、全てを決めるワンマンな社長。しかも、自分が知らない分野でも自分の意見を通してしまう・・・。結果として家庭崩壊、会社崩壊という憂き目に合ったのだろう。

実はお恥ずかしい話だが、当社のある事業所の所長が改革を訴え、突然ワンマンなボスと化した。チームを大事にする当社のオペレーションとは違った手法で改革をしたかったそうだが・・・。結局は、スタッフの大半に面従腹背をされて、事業所を辞めることになった。当然、巻き添えをくらった職員も携えて・・・・。

1人が全てを決めるのではなく、スタッフ全員と情報共有し、それぞれに責任を付託し、スタッフを全面的に信頼をし、相談し合いながら施設や事業所を運営すれば良かったのに・・・。なんで自分1人で決めて、それを説明無しに押し付けてしまうのだろうか?

改革を訴えた2か月後に当事者が退職を伝えてきた時には、その事業所のスタッフには困惑と疲労感がにじみ出ていた。

父親と重なる光景だった。ワンマンがあまりにも行く過ぎると、誰もついてこないし、長い目で見ると崩壊する。リーダーは全能の神ではないのだ・・・。
実家が崩壊したのは、姉の病気のこともあるが、父親の行き過ぎたワンマンが原因だなと思い、実家を後にした。

明日はトップが辞めてしまう事業所の決起大会をするのだが、チームの再構築を軸に話をしたいと考えている。














文春砲

昨日、テレビを見ていたら、瀬戸内寂聴さんがテレビで取り上げられていた。彼女の寂庵には、多くの悩みを抱えた人で溢れかえっているそうだ。
紹介VTRで寂聴さんは観衆に『恋と革命よ!!』と叫んでいた。

太宰フリークならピンとくるのだが、『恋と革命』は、太宰治著『斜陽』に登場する主人公かず子の名セリフだ。ちなみに『斜陽』は女性の不倫の物語なのである。

寂聴さんの代表作『夏の終わり』も斜陽をパクッたのかという感じてしまう内容だ。『斜陽』と物語は一緒で主人公である女性が複数の男性と不倫する内容だ。実は寂聴さんの自叙伝なのだから、思わず笑ってしまう。描写が赤裸々だった記憶があり電車では読めなかった気がした。

皆、寂聴さんの説法を有難がって聞いているが、昔、不倫の代名詞といえば、寂聴さんだったらしい。でも、誰も知らないのか、忘れてしまったのか、不倫経験者の話を有難がって説法を涙して聞いているVTRを見ていると文春砲で叩かれた芸能人や政治家が可哀想だなと感じてしまった。

甘美で淫靡な作品を作ろうと思えば、実体験が時には必要だ。芸術的なことに必要なエッセンスに我々がどうこう言うべきでもない。政治的能力と性癖も同一視するべきではない。皆にとって有益な人間であれば、とやかく言うべきではないし、不貞行為として、利害関係者が民法上で白黒つければ良い話だ。

太宰治も不倫の代名詞だった、永井荷風も作品の為に遊郭を経営していた。軍医であった森鴎外の『舞姫』は、堅苦しい恋愛内容だ。官僚出身の三島由紀夫も大人の男女の恋愛描写に関しては太宰等と比べると表現の深さでは劣っているのではないかと僕は個人的に思っている。

太宰の『斜陽』は後年、主人公とされていた不倫相手の日記を参考に書いていたと、不倫相手の家族から日記を証拠に暴露されていた。実体験だったからこそ、内容にリアリティと深みがあったのかと感嘆してしまった。

実は寂聴さんが翻訳した源氏物語を買おうか、ちょうど悩んでいたところだった。源氏物語と言えば紫式部が女性目線で男性の恋愛模様を書いてあるのは周知の通りだが、あの恋愛経験が濃密な寂聴さんが翻訳した源氏物語は、まさに彼女にはうってつけだったのではと思っていた。

人間というは、人も殺すし、泥棒もする生き物だ。絶対にダメというが、絶対ほど怪しく・危うい言葉は無いと僕は思っている。色んなことを含めて、寂聴さんが中庸に話すことが出来るのは、人間の業を知ってしまったからだろう。綺麗ごとでは済まない人間の欲を知っているから、真面目に生きているのに、困り果てている人に、楽に生きろと言えるのだろう。

堅苦しい世の中になったものだ。人間ってそんなに厳かではないんだが・・・。






残念。

ネットTVのabemaTVが注目を浴びている。サイバーエージェントとテレビ朝日が共同出資して運営しているのだが、サイバーエージェントは毎年200億円の投資を行っている。ちなみにテレビ朝日の営業利益が100億程度。今のテレビ局では自力で運営することが出来ないのが実情らしい。でも、ただのTVなんだよね。真新しさは感じないな。youtubeやアマゾンプライムの様な感動はない。ライフスタイルや文化が変わるほどではないな。TVと違い規制が無い分、コンテンツが斬新なだけかな。

そういえば、2005年に堀江貴文氏率いるライブドアがニッポン放送の株を買収したのは、ネットとTVの融合が理由だったはずだ。13年前にそのアイデアが既に生まれていたのか・・・。堀江さんは球団買収、放送局買収等、着眼点が素晴らしいのだが、ジジイ殺しが出来なかったのが全て裏目に出て失敗に終わってしまった。LINEの技術もライブドアから生まれたものだそうだ。いや~恐るべし。

ミドリムシからバイオ燃料を作る企業ユーグレナの大株主も堀江さんだった。ライブドア事件で、友人に託したそうだ。

サイバーエージェントの社長には才能を感じないが、堀江さんには期待する何かがあったし、今もそう思っている。サイバーエージェントの社長は、松下幸之助翁の様な努力と運を絶やさない素晴らしい経営者だと思っているが、才能と言う観点では、松下とソニーの様な感じに見える。

ジジイ殺しが出来れていれば、今頃、プロ野球の楽天はライブドアだっただろうし、abemaTVもライブドアが最初のスタートだったはずだ。堀江氏は平均年齢80代の経済界の爺さん達に消されてしまったのだろう。

堀江氏は今、MOMOというロケットを飛ばす事業を行っている。日本初民間ロケットを開発中だそうだ。しかし、費用が中々、捻出出来ず大変の様だ。丸紅などがスポンサーになっているが、クラウドファンディングでも出資を募っていたので、資金は潤沢ではないようだ。

アマゾンCEOのジェフ・ベゾスはブルーオリジンと言うロケット企業を持っている。テスラを経営するイーロン・マスクもスペースXというロケット企業を経営している。共に莫大な資産を持っている為、潤沢な資金でロケット開発を行っているのだ。

世界で有名な経営者は共にロケット事業でも火花を散らしているのだ。日本代表として、そこに堀江氏も加わって欲しいと密かに思っている。

堀江氏は日本人でも稀有な才能の持ち主だ。R-1グランプリにでるとか、地下アイドルの経営なんて止めて、ロケット開発にのめり込んで欲しい。ソフトバンクの孫さんに出資を仰いで、日本初の民間商用ロケットを完成させてほしい。世界一や宇宙への進出をちらつかせれば、野望家の孫さんが資金を出さないはずがないと僕は踏んでいる。

だが、堀江氏が孫さんに頭を下げることなんて絶対出来ないだろうな。目的の為には、ジジイ殺しは絶対に必要だと思う。彼の経営者としての才能をもっと見てみたい。

アイルトン・セナの言葉

雑誌(SAPIO 1月号 小学館)にF1ドライバー、故アイルトン・セナの記事(1991年8月 ハングリー・グランプリ―直前のインタビュー記事(インタビュアー:落合信彦)が載っていた、すばらしい。

1991年と今では時代背景や職業観も大きく変わっているが、日本人に失われた大和魂や武士道をアイルトン・セナには見ることが出来た。彼は敬虔なクリスチャンだったそうで、神という言葉には宗教的な背景があるのだろう。

★アイルトン・セナの言葉
「挫折や悲しみがあるからこそ幸せも感じられるのだ。挫折や苦難なしの人生など退屈きわまりないものではないか。ごまかしの道を拒否して真剣に生きている者なら誰しも挫折を感じるはずだ。(中略)自分の考えや信条を持たず、困難や挫折から目をそらし、毎日をいいかげんに生きる人間ほど哀れなものはない。このごく限られた地上での期間を無駄にしてしまっているのだからね。神はそんな人間を創った覚えはないと言うだろう。」

今の日本人には耳が痛い言葉ではないだろうか。挫折や困難に会わずに、いかに人生を謳歌するか、良い学校を出るか、良い収入を得るかばかりを考えている人が多いからだ。

今はテクノロジーの進化で、最小の努力で最大の効果が出るようになった。挫折や困難も危険回避として避けることも可能だろう。それで良いのだろうか??

故岡本太郎氏も楽な道と困難な道があれば、迷いなく困難な道を選ぶと言っていた。マイナスに生きよとも語っていた。喜びや感動の大きさは、困難や挫折の振れ幅によって、得られる大きさも違うと言いたかったのだろう。

アイルトン・セナは記事の中で、一貫して努力という言葉が多く書かれていた。

努力に多くの労力、時間を使うのは当然だとも書いてあった。同じ努力を続けていた自動車メーカーホンダにも謝辞が書かれていた。今は働き方改革で長時間労働や多くの労力を割くことが出来なくなりつつある。だが、何かを得る為には、非難を浴びてでも、膨大な努力をするしかないことは普遍の真実だと思う。まさに命がけの努力だったのだろう、1994年に事故で亡くなっているのだから。

yahooにグーグルの採用記事が出ていた。グーグルは採用にあたり、性別、国籍、大学名不問だそうだが、採用基準が、人生で挫折や困難の経験があり、それを乗り越えた人材しか採用をしないそうだ。いくら学力が高く、優秀でも、挫折や困難に遭遇したことのない人は採用されないそうだ。一般的な大企業が好みそうなエリート人材はダメという判断なのかな。

今、日本の若者や一般的な風潮では、子供には苦労させたくない、無駄な消費をしたくない、人生で遠回りはしたくない、自分は損したくないというのが世の空気感で蔓延している。僕はそんな空気感が嫌でサラリーマンを辞め、苦労知らずの2代目社長連中とも縁を切った。常に自分に不利で損な生き方をしていることに歓喜・熱狂している。もっと楽な生き方はいくらでもあったと思う。ただ、自分のプリンシプルに従っただけだ。

久しぶりにアイルトン・セナに勇気をもらった。そういえば、落合信彦さんの息子って筑波大の准教授なんですね。



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