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講演を聞きに。

作家であり、元外務省国際情報局分析第一課主任分析官だった佐藤優氏の講演を聞きに行った。彼の小説(自叙伝)『十五の夏(上下)』(幻冬舎)を読んで感銘を受けたのが、講演を聞きに行ったきっかけだ。

最近は、気に入った作家がいれば、ネットで調べて講演会や勉強会に参加をする。軽い追っかけみたいなものだ。

講演内容は、『日本と東アジア情勢について』。軍学堂という軍事関連の古書店が主催しているので、ちょっと難しそうな内容なので、参加を躊躇ったが、申し込んでみると、硬派な内容にも関わらず超満員でびっくり。ほとんどが70歳以上の男性ばかりで、場所を間違えたかと思ってしまった。まあ国防関連の古書店主催なので、講演内容は王道の講演テーマなんですよね。小説好きの男性が軍事マニアに囲まれて講演を聞くという特異な感じでした。

内容はそんなに堅苦しくもなく、新聞や雑誌で読んだ内容、自分が読んでいた歴史関連、近現代の書籍知識で理解が出来ました。全体の80%は理解出来ました。ちょっとホッとしました。
講演で気になったのは、教育に関して何度も触れたことでした。佐藤さんは母校の浦和高校や同志社大学で教鞭を取られているそうです。
今の日本は教育の右肩下がりが著しく、今後の東アジア情勢を考えると、教育をしっかりと行わないと、日本国そのものが東アジアの大国に飲まれてしまうという危機感があるそうです。

ふと考えてみると、右肩下がりどころか、今まで日本はきちんとした高等教育を施していない気がする。

私が大学生の時は、入学した1年時はモラトリアムだと勘違いし、教養課程は寝てばかりだったし、2年生ではバイトに明け暮れ、3年生は、旅行三昧、4年生は就活&卒業旅行三昧で勉強はゼミの論文を書いた位。これでは知性や教養は身につかない。今の大学生の方が優秀且つ勉強していると思う。僕の頃の若者は偏差値の高い大学さえ入れば、有名企業に就職出来ると思っていましたし、大学に入って迄、勉強することがカッコ悪いという風潮があった。文系はとくにその傾向が強く、一部の付属上がりの学生が特に酷かった印象がある。多分、授業そのものについていけなかったのだと思う。

大学時代、本は割と読んでいたが、僕の周りは全く読んでいなかったと思う。バブル崩壊後の東京の私立大学は皆こんな感じでした。それが当たり前だと思っていたのが恥ずかしい。

佐藤さんのその他著書を何度か拝読したことがあるが、知識を持つことの大切さ、教養の大切さを毎回痛感する。

『十五の夏』は、『深夜特急』に肩を並べるような名作だと思います。おすすめです。







リハビリデイ福祉の森(磯子区)事業終了のお知らせ

2011年9月より事業開始致しました、リハビリデイ福祉の森(横浜市磯子区)ですが、2018年10月31日を持ちまして、事業終了と致します。
地域の皆様、ご利用者様の皆様には、感謝申し上げます。

宜しくお願い致します。


レジオン株式会社
代表取締役 森 和平

GH1位企業が

認知症高齢者向けの施設数業界1位の企業が学研にM&Aとなった。親会社は不動産・保育など多岐に渡り経営しているようだ。社会保障に見切りをつけて、ポートフォリオを変えたのだと思う。1位は競争優位性が高く、今後も維持・発展が可能だと私は考えるが、通説を撥ね飛ばす程、社会保障への強烈な不信感があったのだと推測される。大手の寡占化はより鮮明となった。


当社も選択と集中を行う為に、ポートフォリオの見直しをする時期なのだろうか・・・。


日本はどうなるのか?

日本はどうなるのか?最近良く聞かれるワードです。

僕個人の意見としては、恐らく、ローマ帝国の衰退の様になるのだろうと思っています。今のイタリアですね。イタリアと日本は良く似ていると思っています。例えば、モノ作りは得意だけど、ゼロからの設計は苦手。観光資源が多くある。お酒に寛容。ヤクザ=マフィアがいる。

それでもイタリア人は陽気に暮らしている様に見えるのは偶然でしょうか?日本のあるべき姿としてとらえるのであれば、とても良いケーススタディーかも知れません。

確かに国家がシュリンクしていくのは、簡単なことではありません。贅肉をそぎ落とし、痛みを伴うからです。今の政治家がどう国家予算をいじろうが、移民を入れようが、今更、手を打っても、早かれ遅かれ、そうなるだろうと僕は思っています。30年遅すぎた感はありますね。1980年代に自民党案で少子高齢化による国家存亡をいかに回避するかの案があったのですが、バブル前ということもあり、先送りしてしまったんですよね。

ローマ帝国も栄華を極めた時に、兵隊に志願する人が減り、(日本で言う若者減少)衰退していきました。経済成長の後、再度、経済成長を行えた国家は今まで歴史上無いというのも事実です。再生にジタバタするよりも、縮小均衡すべき部分と伸ばすべき分野の濃淡を覚悟と責任を持って提示する時期が来たように思えます。

会社の場合には、3年計画、5年計画等の中計をスタッフに示すので、やるべきこと、あるべき姿が見えるのですが、国家の場合には、あるべき姿が見えづらく、国家に対しての不信感を抱きやすいと感じてしまいます。人口が多すぎて、提示が難しいという側面もあるのも否めませんが、成長戦略を無理やりバルーンとして挙げるのは難しい局面になっている気がします。


魂がない呟き

facebookが嫌いだと以前もブログで書いた。連絡を取る為にしか使わないようにしている。

理由は、周りが幸せに見え、自分の自信喪失になるからだ。(日曜夕方に見ると憂鬱な気持ちになる。)

以前も勝手に似非な幸せをまき散らしているからと嫌いだと書いた記憶がある。

そんな中で明石家さんまさんが、ラジオで幸せになろうとするから不幸になるんだと発言していたらしい(yahoo記事より)、とても深い示唆と、くだらないキラキラ感に警鐘を鳴らす意味としては、溜飲が下がった。同時に夢なんて叶わないんだ。夢を追い求めるから辛くて、ありのままの自分でいられないんだとも書いてあった。努力と運でのし上がったからこそ言える金言だ。

facebookやインスタは自分を必要以上に良く見せるツールとしては最高だ。『いいね』の数だけ、自分のキラキラ度が可視化出来ることがとても快感になるのだと思う。

故岡本太郎さんも著書で、「幸せなら手をたたこう」の歌を猛烈に批判していた。幸せである瞬間に、苦しんでいる人もいる。幸せになりたくても、出自がそれを許さない人もいるんだという彼なりの主張だ。私も同意だ。

幸せ=人間としての在り方と誰が決めたんだろう。LBGTだってそうだ。人の価値観は色々あるはずだが、こうあるべきだという同調圧力が強すぎるのではないか。

幸せ、嬉しい、楽しい・・・。そんなことに人は共鳴をし、共感はしない。苦しみがあり、ストーリーがあり、努力が垣間見える内容に人は歓喜し、熱狂するのだと思う。売れている歌は、切なくて、悲しい歌が多いはずだ。くだらない日常を載せるよりも、何に苦しんでいるか、何に努力しているかを書いた方が、人と人のつながりに絆を感じるのではないだろうか・・・?そうなると、facebookの存在価値がなくなってしまうか・・・・。

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