経営理念・行動指針

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運を掴む

素直さが道を拓き、運をも掴むのではないだろうか?待っていても、考えていても仕方ない。向こう見ずな気持ちで、直感で決めれば良い。今の自分のサイズや能力なんて、なぜ気にするのだろう?

やる前から失敗を呼び込んでいる様なものだ。手数を増やし、素直に受け止め、色んな人に手を求めれば、運をも掴めると信じて欲しい。
真逆な行為を見ると、運が逃げてしまうのが手に取って分かる。

だからこそ、運を掴むには努力が必要なんだと思う。

二極化

低金利によるレバレッジを活かして、事業を拡大させている介護事業者が増えた。10年以上前の在宅系で年商10億というと、県下でもトップテンに入る位の規模だったが、現在は中堅からちょっと上の事業規模は年商10億円前後が普通となりつつある。介護事業が産業としてある程度の規模を持ってきたという証左だろう。

だが、金利上昇で利益が吹き飛んでしまう可能性が高く、介護バブルも敢え無く散ってしまう可能性が高い。資金を証券や社債で調達出来る大手企業が圧倒的に今後も有利だろう。間接金融で大幅に売上を伸ばしている新興企業の倒産が増えるかも知れない。介護保険初期から参入し地場で安定的な売上を計上している企業は内部留保や不動産による担保があるので、手堅く生き残るだろう。

その一方で青色吐息の事業所も多数存在する。事業拡大の波に乗れず(乗らず)、生き残るも廃業するのも難しい選択を迫られている。独自性と利益性があれば、事業拡大はむしろ必要がない。一店舗でも行列が出来るラーメン屋さんのごとく、永続的な繁栄を自分のさじ加減でコントロール可能だからだ。

だが、労働集約的且つ差別化要因がない介護事業の場合には、ある程度の事業規模を活かした差別化が必要だという矛盾が内在されている。しかし、その差が優勝劣敗・2極化を生んでいく結果だろうと思う。とどめが労働力不足だ。大手でも集めるのに一苦労だ。2025年迄にある程度のプレイヤーに統合されていくのは仕方ないのかも知れない。









幸福な王子

昨日、読んだことのある、オスカー・ワイルド作の『幸福な王子』(1888年刊行)を突如、思い出した。絵本で有名なのだが、小説でも刊行されているので、読んだことのある人は多いのではないだろうか。

内容としては、ツバメと王子像の話なのだが、エジプトを目指す、ツバメがふと立ち寄った宮殿に王子像があった。只の像ではなく、意思を持った像だった。ツバメに自分の高価な装飾品の数々を貧しい市民・国民に分け与えるように命じ、ツバメは当初、仕方なく、言われたままに貧しい人々に装飾品を本人達に分からない様に与えていく。そうこうしているとエジプトに向かう予定だったツバメも王子と一緒に過ごしたいと思うようになり、エジプト行きを止めてしまう。像に施された全ての装飾品を貧しい人に分け与えてしまい、『幸福な王子』像とはかけ離れた姿となった。また、南に向かうタイミングを逸したツバメも寒さにより死んでしまう。無残な姿となった像とツバメはその場に居合わせた宮殿の関係者にゴミ箱に捨てられてしまう。後に神により、王子とツバメは天に召され、天国で幸せな余生を過ごすと言う内容なのだが、当時のヨーロッパの市民の貧しさと無償の提供にも関わらず、ゾンザイに扱われる悲劇的な哀愁がこの小説から読み取れる。

『幸福な王子』を自分と愛犬になぞらえて思い出したのだと思う。昨日は愛犬の12歳の誕生日でした。遺影に大好きなチーズケーキを置き、手を合わせました。最後は非業の死だったことを差し引いても、僕という場所に立ち寄ってくれた優しい『ツバメ』であり、彼には装飾品という名の愛をもらい続けました。12年ずっと一緒に過ごせて良かったなと思いました。
愛犬が神の子となり、天国で幸せに暮らしていることを祈念して、19日を区切りにして前を向こうと、リビング内の愛犬の小屋の片づけや整理をすることにしました。

遺影に祈る時に、ある決意も報告が出来ました。もう後戻りが出来ない決意でしたが、愛犬がいたら決断が出来なかった決心でしたので、彼が後押ししてくれたのかも知れません。



ルーティン

昨日は久々に日課となっていた中国の古典を寝る前に読んだ。2月1日以来、開いていなかったようだ。就寝前又は起床直後に、書斎で読むようにしていた。精神状態を経営者・リーダーとしてコンディションを保つには、古典はとても良い。ようやく元の生活に戻りつつある。

リーダーとしてどうあるべきか?当社のリーダーと自分を重ねて見た。皆、一様に責任感が強く、自分の仲間を親分として守りたいという気持ちが大きい。ただ、思いがあり過ぎて、業務をリーダーが全て抱え込んでしまう傾向がある。

自分と重ねて見ると、僕もリーダーとして会社を始めた頃は、一人で業務を抱え、自分がやらないとダメだと思い込んでいた。おかげで2年弱の間、1日18時間~20時間労働を月~土までする羽目になってしまった。リーダーとして、成長する為には、人に業務を与えて、その人を自分と同じリーダーにさせなくてはならないと、誰かに言われ(誰かは忘れました)、業務を無理矢理スタッフに振ることにしました。自分がやらなくても業務が円滑に回ることに驚愕しましたが、リーダーは自分と同じ人を育てないとダメなのだとその時に気付かされました。

その当時の私は一日当たりの業務量が多い為なのか、余裕が全くなく、当然、視野も狭くなり、意見も頑なでした。リーダーにありがちな間違いを最初から犯していましたが、ベンチャー企業の立ち上げは、そんなものなので、とても良い思い出になっていますが、当社リーダーにもう一つだけ知って欲しいのは、人の成長するエッセンスで大事なことは、人の意見や苦言を素直に受け入れることだと思います。なかなかそれが出来るリーダーがいない。理由は自己評価が他者評価よりも高い為、人の意見が受け入れることが出来ず、また、誰よりも働いている自負が強い為、自分の意見や考え方が正しいという思い込みが強くなってしまうのだと思う。誰よりも考え、働いているので当然の帰結なのだが、リーダーだって間違えを犯すし、他者の意見で自分が助けられることもあると知って欲しい。

成長に必要なのは、育成と寛容的な受容だと分かってもらえると当社のミドルのリーダー層は皆、素晴らしい人格者へと変貌を遂げるのではないかと感じている。今も大変な人格を兼ね備えているので、あとは寛容さを身に纏われることを祈念したい。



人生観

東日本大震災から7年。震災発生時、自宅マンションでも、テレビがひっくり返ったり、本棚から本が落ちたりした。室内で飼っていた愛犬が、キッチンで震えて、うずくまっていた。

生命の危機や、大惨事に見舞われると、人生観が変わると言われている。多分に漏れず、僕にも変化が起きている。理由は愛犬の死だ。ペットロスを軽く見ていたが、僕はかなり重症だと思う。小説家の佐伯泰英さんも新聞でペットロスだったとコラムで書いてあったが、僕の愛犬は事故死の為、どうにもならない思いが強いのだと思う。どんな死も死だが・・・、防げた死に対してのくやしさが消えないのだろう。

時間が解決をしてくれるとは思うが、今はそれが問題ではない。人生観が壊れてしまったことが問題なのだ。大切なものを失い、自分自身に問うことが増えた。心の支えだった愛犬を失ってしまったことが余程、堪えたのかな。自分から見える景色がセピア色に見えてしまう。僕は愛犬と共に一度死んだのだ。全てが過去のものになった。であれば、新しい自分としてどうしたいのだろうか?そういう感情が覆い尽くしているのだ。

絶望感に悩まされている訳でもなく、悲壮感が覆い尽くしている訳でもない。単純に生き方を変えたいと心から強く思ってしまっただけなのだ。隠していた願望を愛犬が呼び起こしてくれただけなのだ。

毎日は淡々と、平穏に何も無かったかのように過ぎ去っていく。自分も淡々と何も無かったかの様に過ごしている。それがまた辛い。









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