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IPO

上場準備に備えている社長さんにご相談を兼ねて訪問。監査法人のIPO申請を引き受ける基準が厳しくなり監査費用が2倍~4倍に高騰しているとのこと。

多少赤字でも、将来性があれば、IPOさせていたのが、今後は黒字が必須らしい。(オリンピック後には、基準が変わる可能性あり)当社には関係がない話の様で、実は・・・ちょっと関連しているんです。
新規事業を細々と行っていますが、将来的に新規事業をIPOまで持っていきたいな・・・・と考えております。

気が早いのですが、関係者に打診をしたり、相談を行っています。売上には反映していませんが、PV、UU、CVが毎月順調に伸びています。
戦略次第では面白くなりそうですが、クックパッドの様に文化を根付かせるのに、年数を費やす可能性が高く、短期決戦は難しい事業だと考えています。




アンドレ・ジッド

DSC_0995-960x540.JPGアンドレ・ジッドの小説と言われても、誰も分からなかったと思うので、簡単に紹介をします。

『地の糧』という小説は、書物を棄て、家族を棄て、全てを棄て、放浪の旅に出る中で、架空の青年ナタナエルに語りかけると言う小説です。
所有より欲望を、欲望よりも愛を大切にせよと何度もナタナエルに語りかけます。

今を生きるに熱望し、死が絶望ではなく、どう欲望を持ち、渇望をし愛に溢れるかが大切だと語っている小説です。1952年初版で1965年で絶版(新潮社)となっているので、もう陽の目を見ることはない書物だと思います。

僕が好きなフレーズがもう一つあるので、紹介します。

『夕暮れを、一日がそこに死んで行くのだと思って眺め、朝あけを、萬物(ばんぶつ)がそこに生れて來(く)るのだと思つて眺めよ。』
君の眼に映ずるものが刻々に新たならんことを。
賢者とは萬づ(よろづ)のことに驚歎(きょうたん)する人を謂(い)ふ。 (原文)

ジッド風に言えば、一日一日人生を謳歌し、絶望の最中に日々を終焉させ、次の朝陽に新たな永遠を眺め、熱望し、今日に絶望せよと解釈出来ます。

もっと分かり易く表現すると、プライド、執着、粘着、全てのこだわりを捨て、常に新たなモノへ歓喜・熱狂せよということだと思います。

中国の古典『貞観政要』に、『己の器は常に空っぽにせよ』と書いてあったと記憶しております。人は誰しも時間・年数が経つと、己の器が一杯になってしまいます。一杯になれば、大きくすれば良いという意見もありますが、器を大きくすることは出来ない。大きくなったつもりで、実は詰め込んでいるだけというのは、貞観政要を教えて下さった、ライフネット創業者・現立命館アジア大学学長 出口先生のご意見です。

中年になると若者の文化に拒否反応をしたり、新しい電子機器に全く対応出来なくなることは良くあります。己の器が昔の価値観で一杯というのが理由だと言えるでしょう。悲しいことですが、日々の機微な事にも何も歓喜・熱狂をしなくなった証左でもあります。

昔の価値観はさっさと棄てて、価値観やプライド、こだわりを空っぽにして、日々のことを楽しめば良いのですが、中々そうはいかないんですよね。

しかし、我々にとって日々新たなものが吸収出来なくなることは死よりも悲しいことだと、アンドレ・ジッドは語りかけます。


母が元の体に戻れないことに、私や家族が煩悶し、もがき崩れた時に、アンドレ・ジッドの『地の糧』に一筋の光を見出すことが出来ました。

『完全なる体という所有を棄てて、日々に歓喜すること』

問題は母が受け入れてくれるか・・・否かなのだが・・・・。





インディアンの言葉

インディアンの言葉に『君がなんとなく生きた今日は、昨日死んで行った人たちがどうしても生きたかった大切な明日だ』という言葉がある。
母や愛犬への想いが交錯する。僕らは、断崖絶壁に追い込まれて、初めて死への恐怖や生きる事への渇望を見出す悪い癖があるようだ。

だれかの言葉に『今日という日が死から最も遠い日だ』という言葉があった気がする。一秒ごと、一分ごとに死へ誰もが近づいているのだが、我々の感覚は、今、この瞬間しか感じることが出来ない。言ってみれば死から一番遠い場所や時間にいる。だからこそ、人は安息した時を過ごせるのかもしれない。しかし、誰しも死に向かって一歩ずつ歩んでいる事実に変わりはない。

僕は断崖絶壁と安息という二つの時間に揺り動かされ、死や生の喜びに日々共振させられている。

フランスの小説家アンドレ・ジッドの『地の糧』(絶版)には
『行為の善悪を懸念せず行為しなければならない。そして愛すること』

『平和な日を送るより悲痛な日をおくることだ。心中望んでいたものを表現する或いは全く絶望しきって死にたいものだ』
という有名なフレーズがある。

愛犬は事故で亡くなったが、病気であっても、寿命であっても死ぬことには変わりはない。きっと僕らが死が嫌なのは、自己(対象者)の消滅があるからだ。だからこそ、最後までもがき苦しみ生き抜きたいと、生を受けた動物や人間は本能的に死ぬ最後まであがき、もがき続けるのだと思う。

だからこそ、愛犬の分まで、母には生に執着し、もがき続けて欲しい。

本を読める幸せ

ここ数週間、読むと言えば、母に関する文献をネットサーフィンするだけ。
今の状態では、本も読むことが出来ない。寝酒をちょっと飲んで寝る日々。

僕は、歯を磨くと同じで読書が日々習慣化されていたので、生活スタイルが大幅に変わりました。そう、愛犬の御世話も無くなってしまったのも、一因なのですが・・・。

楽しいこと、嬉しいことが人間の幸せではなく、日々淡々と何も無く過ごせることが本当の幸せなんだなと改めて実感。
桜が咲く頃にはゆっくりと本を読めると良いな。


医療と介護の壁

母の件で、ドクターと緊急ミーティングを行った。生きるか死ぬか。まさにLive or die。
ドクターからは、手術をすれば、命は助かるが、手術後の生活に関しては、術後患者の一生を見ている訳でないので、どうなるか、分からないと言われました。命は助けるけど、生活は自分で考えるようにと言われたが、症例的にはレアケースの為、ベンチマークにするケースが見当たらない・・・・。

先生『今後の生活関しては、その道のプロに聞いてくれば、大丈夫ですよ』の一言に、

私『その道のプロなんですけど・・・・、でも分かりません』

先生『えっ・・・・・。』

専門領域で分かれてしまう・・・・。これこそが医療と介護の壁だなと実体験で実感しました。

頭の中で、様々なアイデアが浮かびましたが、それは職業上出来る話であり、一般の人に自力でレアケースに寄り添えるケアマネを探し、生活を組み立てろというのは無理だと思いました。ケアマネさんも千差万別ですので。

医療と介護に壁があると僕が発言すると、『発言は馬鹿じゃないか』と、某会合のミーティングで看護師さんから、笑われたが、この笑いが壁なんだなと改めて感じました。

知識の違いが専門性を分けてしまう。この敢然たる事実を医療関係者は受け止めるべきだなと感じましたし、壁を取り払おうとするのは、ある意味で諦めた方が良い。上手く取り入れる方向で互いを使い倒して欲しいなと感じました。

さあ、どうするかな。









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