経営理念・行動指針

ホーム > ブログ > 社長ブログ

某出版社

某出版社社長がSNSで作家の実売数を暴露して、著名な作家達から一斉に非難を浴びていた。その出版社は確信犯的にエキセントリックな本を出版することで有名であり、売れる本が全てだと、社長も書籍で何度か書いています。
売れない作家は、この出版社では認められないことは、暴露された作家も知っていただろうし、僕も周知の事実だったので、SNSであんなに騒ぎになると思わなかった。

今のSNSはマウンティング場となっている気がする。自己愛が強くなりすぎているのだろう。自己愛が強いと自分を正当化してしまう。自分が正しいと思い込んでいるからこそ、見るに堪えない罵詈雑言が多く散見された。某作家さんが佐藤浩市さんに浴びせたSNSでの発言も、理由はどうあれ、言葉は美しくなく、自分の意見こそが正しい・全てだと言いたかったのだと思う。

自己愛が強すぎる人がリーダーになると、異論を挟むことが許されなくなり、全体主義へ移行するというのが歴史でも証明している。

哲学者のラ・ロシュフコー『箴言集』(岩波文庫)には、『人間はすべて自己愛以外では動かない』という箴言がある。正しさや、意見、このブログも含めて、自分は他人よりも優れている・正しい・偉いと思わせたいという心理が働いている。SNSでは、気軽に投稿出来る為、如実に出てしまうのだと思う。

自己愛で動いていると分かって、論争するのと、自己愛だと気づかずに他人と論争するのでは、雲泥の差だ。自分も自己愛を理解しつつ、ブログは継続していきたい。




そもそも

某政治家が、北方領土を取り戻すには、戦争するしかないと発言し問題となりました。世論・政治家も議員辞職一色ですが、そもそも、自衛隊の戦力を国民や政治家も含めて知らないのことが問題ではないかと感じた。

『日本の戦争力』(著 小川和久 新潮社)で、自衛隊の軍事力が明記されている。端的に言うと、米軍の補完の為、自国を守る為の軍事力は保有しても、相手国に輸送する輸送船、制圧するだけの陸上自衛隊員、制空権を確保する為の制空戦闘機、爆撃戦闘機、ガソリンを入れる為の空中給油機が自衛隊にはありません。

つまり、専守防衛は出来ても、島を奪還する戦力を有していないのです。更に現役政治家であれば、社会保障費の増大により、戦争を行う為の戦費は現状の日本では捻出不可能なことは理解していないとおかしいのではと僕は感じた。
発言云々も問題だが、政治家として基本的知識に欠けていることも議論に上がるべきだと思う。

核武装の是非もたまにあるが、これも上記内容で片付けられる。予算が無いので不可能。

数字と論拠による議論になることを期待したい。

大津市の事件

2歳の園児2名の方が事故に巻き込まれた。マスコミは園長に記者会見で対応策等を矢継ぎ早に詰問していたが、SNSであらゆる識者が言うように、加害者ではなく被害者側だと思う。

今の世の中、何かあると全て『システムエラー、システム不全』が原因だと対応策や反省を求める風潮が強い。古代ローマでは、人には逃れられない運命があるとされていた。それを『フォルトゥナの輪』と呼んでいたそうだ。我々、日本人は『運命の女神』と呼ぶが、運命の女神『フォルトゥナ』のことを指しているのだ。(引用:Think clearly  著:ロルフ・ドベリー)

絶えず、運命は最高の時期と最悪の時期が入れ替わることを『フォルトゥナの輪』と呼ぶそうだ。ヒューマンエラーさえなければ、避けられた事故だっただろう。しかし、離見の見で言えば、システムエラーではなく運命と呼ぶしか遺族や故人は浮かばれない。

我々はテクノロジーや科学の進歩により、リスクは自分達でコントロール出来ると過信し過ぎているのかも知れない。その過信や誤解が記者会見での背景にあったように思える。

ご冥福をお祈り致します。

令和を迎え

令和元年。働き方改革、新規事業の構築等、やることが盛り沢山であり、優先順位を上手く考えていかなくてはならない。

平成から令和に変わったが、我々の意識も驚く程、変わったと思う。例えば義理・人情・恩が分かり易い。頭文字を取ってGNOと書いていた人がいたが、平成の半ばには完全に廃れた気がする。そして驚く程、人との関わり方が変わった。

平成の終わり頃、敬愛する年上の人から、これからは君が若手を引っ張っていくんだぞと言われたが年下が、若手は若手だけで、コミュニティを形成し、年上の人とも対等に接する時代に様変わりし、令和を迎えた。

残念至極だが、令和元年早々に、とある年下の方からはアドバイスではなく否定されたと怒られたしまった・・・。昔は10歳近く年齢が違った人からのアドバイスであれば、そんな口を利くことは出来なかった。そんな有り様だったので、今後は自分の発言は全てパワハラになると肝に銘じ、令和という時代の間は大人しく生きようと決意しました。

見るに見かねてアドバイスして、逆切れをされてしまった為か、さすがに悩んでしまいましたが、解を与えてくれる書籍がありました。本を多く読むと本に救われるのが良いですね。

『空気は読んでも従わない』(著:鴻上尚史 岩波ジュニア新書)に私の悩みを解く鍵が書かれていました。

筆者である鴻上氏は世の中には『世間』と『社会』があると定義しています。

『世間』は関係がある人、昔で言えば村や町に暮らす人や家族・仲間。『社会』は関りがない関係や人を指す。例えば、街で人に声を掛けられて、知り合いであれば話すのが『世間』、無視をするのが『社会』だそうです。

日本人は昔は村単位で暮らしていたので、『世間』の単位で暮らしていた。ただ、明治維新以降、世間を政府中心に壊してしまった。村単位であれば、年齢順に従うのが当たり前だったのだが、村ではなく、都市単位であれば、関係は希薄となり、年上に従う必要はない。

日本には世間体や世間と言う言葉があっても、実質は無くなってしまった。日本人は見知らぬ人から話しかけれるのが苦手だ。外国人は誰にでも、見知らぬ人でも気軽に話す。彼らは『世間』ではなく、『社会』という単位で暮らしている。


昭和の時代は『世間』を終身雇用を前提とした『会社』が『世間』の役割を果たしていた。だから不条理な上司のアドバイスでも粛々と部下は面従腹背しても黙って聞いていたのだ。
SNSが登場し、景気の低迷で終身雇用が無くなると『会社』という『世間』が消えてしまった。SNSを中心とした社会が我々の『世間』となったのだ。

ついでに同調圧力や空気感が加わり、より複雑化した状況で暮らすようになった。『世間』とは関係なく、全て自分で情報や仕事もSNSを使って取捨選択出来ると思っているのが今の若者たちだ。年上の役割をSNSが代行しているのだ。

つまり、僕の年上の役割がなくってしまった・・・・。時間を作って、ご飯を奢ったり、時間を作って話したりする手間がなくなったのは良いことだと思うしかない。





介護タクシーの役割

昨日、先日、起きた池袋母子死亡事故の被害に遭われたお父さまの会見をテレビで見た。あえて、娘さまと奥さまの写真を公開することに決めたと仰っていた。今後、このような事故が無いように、啓蒙したいという意思だそうだ。

加害者側は足が悪かったという一部報道があったが、そうであれば運転は控えるべきだったのだが、それでも車を使わなくては生活が出来ない理由があったのかも知れない。都市部でもこのような状況であれば、地方や過疎地では、やむにやまれずハンドルを握っている高齢者が多くいるのが現実なのかも知れない。

介護タクシーはそんな時に活用して頂きたい。採算割れ・働き手の不足の為、縮小・撤退が多い介護タクシー業界だが、社会的な意義は大いにある。必要な時に必要なだけ利用してもらう、車両を維持するのと同等なランニングコストで。そんなキャッチコピーで介護タクシーを行っていきたい。被害者のお父さまの気持ちに報いる為にも。

お気軽にお問い合わせください。ホームヘルパー・ケアマネージャーの派遣やデイサービスについて、ご質問・不明な点がございましたらお気軽にお問い合わせ下さい。電話番号ご利用者様の方(介護タクシー・その他) 045-762-2181/法人様・求職者の方 045-762-0851

メールでのお問い合わせはこちら