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浮世の月

昨日は母親の手術日でした。本人は手術中に死んでしまう可能性を心配しておりました。結果、問題なく手術を終えることが出来ました。

手術直前に本人と話す中で、突然、頭に大石内蔵助の辞世の句が浮かびました。『あらたのし 思ひは晴るる 身は捨つる 浮世の月に かかる雲なし』

死を覚悟する中で、とても気持ちは晴れやかであると詠んだ有名な辞世の句ですが、僕自身がそんな心境だったのでしょう。ここ数日、僕は母親を戦場という手術に送り出すことに、もう悔いは無い、五体満足では無くなるが、これが新たな人生の始まりだと心に言い聞かせていた。愛犬が身代わりになって母親の命を救ってくれた。無駄死にはさせまいと必死に自分自身とも格闘を繰り広げてきた。

手術が最短で終わり、早めに自宅に帰ることが出来た。久しぶりにゆっくりと寝ることが出来ました。こんなに清々しい目覚めはいつ以来だろうか?ここ1ヶ月、寧日の日々が無かったせいか、僕は睡眠障害に陥っていたようだ。しばらくは暗闇を探る状況が続くだろうが、一日一日に歓喜したいと思う。




普通の人って何だろうか。

普通の人とは何だろうか?数字で表すと100点満点で50点、5段階評価だと3?文語体で言えば、そつなく空気が読めて、皆と同じ集団行動が取れて、集団の和を乱さない人と言えば良いのだろうか・・・・。

所謂、紋切り型、金太郎飴の様なことを言うのだろう。出る杭は打たれ、下がっている杭は更に大変で仲間から落とされる。だから皆、ビクビクして予定調和や同調圧力に合せてしまう。文化の成熟化が進んでいる割には、精神の成熟度はむしろ、昭和の方がもっと多様性があり、活力があったのかも知れない。

老若男女問わず、都会には綺麗でオシャレな人で溢れている。でも、年相応の淑女やダンディーな人がいなくなった。50代の女性は美魔女だと騒ぎ立て、いい年したオッサンが若いアイドルに本気で入れあげるという、大人としての矜持を感じない同調圧力が世の中を席巻しているように思える。

若い子はきっと、多様性だと言われている割には、30年前から学生の人気大学・就職先がたいして変わない時代に対し辟易としているのではないだろうか。それも一種の同調圧力だろう。大学に何の価値があるのかという議論が出来ない風潮なのだろう。

福祉に携わっていると様々なバックグランドを抱えた人がいる。普通という範疇からは超えている人も一定数いるのは事実です。僕の会社スタッフの一部も、もしかしたら普通という範疇からは超えているかも知れない。ただ、皆が思う普通は、僕から言わせれば普通じゃない。多様性がある働き方とは、いろんなバックグランドを抱えた人も働ける環境も差していると思う。世界を知れば、日本人の考え方がいかに偏狭しているかが分かるだろうが、ほとんどの人は知る由もないので、変わりようがないのだろう。

僕自身の出自が人よりユニークだったので、普通とは全く縁遠い存在だった。だから普通という言葉を聞くと違和感がぬぐえない。

製造業中心のキャッチアップ型ビジネスモデルの時は、普通の人が大量に必要だった。今はITやサービス業が中心だ。イノベーションやクリエイティブな発想は普通では生まれない。

バブルの様に多少破天荒な時代の方が、そういったアイデアが生まれるのだろうか・・・・?


マイナスに賭ける。

今日、会計事務所の方が来社し、月次試算表を確認。今期は人不足、人的トラブルの影響が数字に出ている。丁度、上期が終了したが、下期に課題が残る結果となった。不足部署への採用も少しずつ、進んでいるので、来期には数字は従前に回復及び大きく上振れする可能性が高い。

明るい材料として、当社はITを活用した新規事業を行っている為、そのノウハウを介護事業の人材採用だったり、営業活動へ転用することが可能となったのが、大きなアドバンテージとなりつつある。しかも、自社内のリソースで転用可能なので、費用もさしてかからない。相乗効果に関しては下期、来期内に数字で確認が出来るのではないだろうか?

打合せの中で『最近の若者は、目先しか考えない』なんて話も出たのですが、最近は損得の得だけが称賛されているからではないかと僕は思います。
ビットコインの件に関しても、業者も利用者も利益が先走っていたのが原因なのだろう。

若者だけでなく、我々自身も資本主義に身を置くと、必然的に結果を早期に出なくてはならない。必ず儲からなくてはならない。従って時流に乗るしかない。というのが日本の全体にある気がする。仕方がないことでもあるのだが・・・。人それぞれの根底にあるプリンシプルや流儀や生き様は何なんだろうか?
そもそも考える時間が無いのも問題か。

本来であれば、今は儲からなくても、命を懸けてやりたいこと。自分の生き様を事業で体現したいなど、損得とは離れた想いが人生や仕事には必要だと思います。福祉業界でも人の為に努力していると言う人がいますが、結局は自分に酔いしれているだけで、結局は、自分が目立ちたいだけという人も決して少なくない。

これをやっても上手くいかない。もしかしたら、失敗してしまうかもしれない。でもこれをやらないと自分はダメになる。でも、やってみたい・・・。言葉にするなら『マイナスに賭ける』。ヒリヒリするような体の痛み、武者震いが止まらない体の震え。僕はそんな生き方に惚れ惚れしてしまう。今の新規事業がまさにそれに該当する。儲かるわけでもない。陽の目に出ないかも知れない。目立たない仕事に全力をそそぐことは誰かに称賛されるわけでもないし、スポットライトを浴びる訳でもないし、僕もそれを望んでもいない。でも、たった一人であっても熱狂し、困っている人、求めている人に、我々の事業を届けてあげたい。

生き方と事業が重なると大きな力になる気がしてならない。マイナスに賭けてみようと思う。


拠り所

人には拠り所が必要なのだと思う。拠り所にするのは何でも良く、人によってそれぞれで良いのだと思う。昨日、教会でカトリック横浜教区の司教(市長さんみたいな存在、つまり偉い人らしい)のお話を聞く機会があった。

宗教が良いか悪いかはともかく、何か困った時の心の拠り所だったり、心の羅針盤になりうるなと感じた。2時間弱の話の中で、信じる、祈る、希望を持つ、愛を持つというフレーズを何度聞いたことか。自然と涙が溢れそうになった。

幼稚園がカトリック幼稚園だったが、卒園から36年前も経っているので、さすがに忘れていることも多いが、意外と覚えているものだなと感じた。

ただ、現実は厳しく、全ての人が温かく、ありのままを受け入れてくれるような社会ではない。矛盾や欺瞞に満ちた、この世の中で、どこまでその気持ちを保てるかは、甚だ疑問ではあるが、聖書を拠り所にするのは良いことだなと感じた。





5(ファイブ)

『5(ファイブ)』(海と月社)の最後に、『今の君が一番若い』というフレーズがある。以前書いた、『今日が死から一番遠い日だ』と同じ意味だ。

ブログを書いていると、記憶だけで書く場合もあるので、どこから引用しているか忘れている。そうか『5(ファイブ)』から引用したのだなと、今、さっき思い出した。

フランスのポール・ニザンの『アデン・アラビア』の有名な文章には、以下の様に書かれています。

『ぼくは二十歳だった。それがひとの一生でいちばん美しい年齢だなどとだれにも言わせまい。』

大人に対する反発と捉えるか? 今でも二十歳の気持ちであり、もがきあがく象徴として捉えるか?『今を生きたい』僕としては後者の意味として常に心に刻んでいたい。ちょっとキザですね。

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